上手な演説は作れる?!『ヒトラー演説』
ヒトラーの演説する姿って印象的ですよね。
身振り手振りの強さもありますが、ハンマーでガン、ガン、って叩きつけてくるような話し方が、ちょっと怖い感じもします。
これってドイツ語の特徴なのかなと思っていましたが、ドイツ語の映画など見てみると、そんなに激しくないですよね。
ヒトラーはもともと演説上手だったみたいですが、オペラ歌手に発声や話し方(オペラも演技ですから)、緊張の鎮め方などを学んでいたそうです。
そして、見せ方、聞かせ方もさりながら、言葉の選び方、レトリックはどうだったのか。
この本では、ヒトラーの演説をデータ化して分析しています。そして、聴衆のほうはどう受け止めていたか。ヒトラーはどんな演説をしようとしたか。周りはどんな演説をさせようとしたか。
ナチスが政権につく前の前期後期、ついたあとの前期後期に分けて調べてあって、言葉の選びには有意な差があるのだそうです。
政権につく前は、抽象的な言葉でデカい話をしたり、「平和」という言葉が頻繁に使われたり減ったりまた増えたり。
今でも、よく考えるとありえそうもない極端な仮定をして、「えっ」て思わせてから、急に強いこと言う人、いますよね。そういう修辞も意識的に使っていたようです。これは今でも有効だと思うので、こういうところは気をつけないとと思います。いや、そんな仮定が実現せんようにがんばろうよ、て。
ナチスが広報に力を入れていたのはよく知られたことですけれど、放送は権力が握っている、ということを思い知らされる出来事があってのことだったようです。失敗とか敗北をある意味糧にしてのし上がっていくんですよね……怖かったです。ゲッベルスとか、周りもだいぶ賢かったみたいだし。
民衆は巧みな演説に酔って熱狂していた、みたいなイメージがありました。
ところが、この本によると、ドイツの人々はわりと早くから飽きてたみたいですね。批判も出ていた。最初の頃はともかく、サクラを使って拍手させることもあったようです。
ヒトラーも、末になればなるほど演説を嫌がるようになっていた。いいニュースがなくなってくるので当然といえば当然なのですが、私はそれは知らなかったです。嘘ばっかり公然と言ってたのかと思ってたので。いちおうは、嘘とも本当とも言えないラインのことを言っていたみたい。
演説は、どんなに技術が優れていたとしても、聴衆との一体感がないとだめなんだ、というのはよくわかる気がします。ヒトラーもそれをよくわかっていたみたいです。
変な話ですが、ヒトラーも普通の人だったんだなと思いました。
ちゃんと話せるように練習もすれば神経質になって紙を触ったりもするし、負けが込んできたら人前に出たくなくなって、気分が乗らず棒読みになったりもして。
だから良いとかそういう話ではもちろんありませんが、普通の人間だったんだなということです。
そごう・西武のストライキのこと
いくつか読みました。
このテレビのやつ、なかなかわかりやすかったです。
臨場感のあるルポ。
えねーちけー
私は以前労働組合に入っていて、いちど委員長を務めたこともあるのですが、ストライキとかそうそう決断できないと言うか、まず提案すらできないんですよ。
委員長なり執行部なりが「スト打つぞ」と言うたところで決まりませず(まともな組合なら)、当然、組合員にはかります。まずスト権を確立し、それから本当にストライキするかどうかを決議しまして、可決されると決行となります。これまた当然ですが、スト期間は賃金カットです。有給休暇取るのもブブーです。スト破りになりますわな。
委員長がおっしゃっているとおり、やらずに済むならやりたくなかっただろうと思います。
ふつうに働きたいっていうのが望みなんですから。
今回は、売却後の見通しが不透明できちんと納得できるまで説明を受けていない、ということのようですね。団交って話し合いなので、全部要求が通らなくてもどこかでお互い「うん」てするんですよね。だから妥結っていうんであって。そこに至っていない状態で、さっさと売却してしまった。
いろいろな反応があるようで、冷たいものもあるみたいですが、意味ないよねって笑うのは簡単ですけれども、労働者が労働者に冷笑を浴びせてそれこそ何の意味があるんですか。
権利権利って権利ばっかりうるさいっていうのは経営者側のセリフだと思うんだけども。あ、まあ冷たい発言をしているのは皆さん経営者だって可能性もゼロではないか。
ストライキのことって、学校でたしかに習うけど、生活の知恵としては全然生きてないよね。それどころか、逆に「なんとなく迷惑なこと」ってなイメージがここでついてしまうんじゃないでしょうか。ま、組合自体、中小企業にはほとんど存在していませんし。組織率は1%切っているとかいう話だったかと思います。
これは労働者側のことですが、当たり前ですけど日々それなりに働くってのは大前提ですからね(それなりですよ。倒れるほどとかじゃないですよ)。
それから、組合ってのは助け合う組織だと思います。入ったら自動的に助かるとか、そういうものではないです。ふつう、経営者のほうが強いですし、がんばってもうまくいかないことも多い。というか、そのほうが多い。
けっこう意外だったけど、自分の困りごとは主張しても、他人の困りごとには無関心って人、ふつうにいっぱいいましたね。まあ、それも組合員でなければ仕方ないと思えても、組合員がそんなだと余計につらかったです。そして、自分もそうなっていってしまうんですよね。もう組合やめちゃったし、すでにそうなってしまったかな……。
話を戻しまして。
売却は止まらなかったですけれども、ストライキの件がなかったら、少なくとも私はそんなことが起こっていると知らないままだったでしょう。
団交しなかったら、次の雇用もまったく考慮されなかったかもしれないですしね。
黙ってないよ、というのを示すのは大きな意味があると思います。
そういえば、どこかのデカい団体からの声が聞こえてきませんね。
と思ったら、声明出してました。なんかあんまり熱がないようにも思いますが、私のバイアスかもしれず、こんなもんですかね。ま、現地に行って応援したはずと思います。
それはそれとして、百貨店はたいへんだろうと思います…。太いお客がたくさんいるとかならともかくですが…。
行っても高くて買えないし。私みたいのは、ちょっと気後れしちゃうし。ちっとはきれいなかっこしていかなきゃってかんじで。気楽なイオンとかK阪モールとか行っちゃうのよね。
よし、飛び降りよう!!? 『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
そうはならんやろ。
を思う存分楽しみました。
ミッション・インポッシブル7作目デッドレコニング パート1。
デッドレコニングって、Wikipedia先生によると「推測航法」ということだそうです。正直よくわからない。
ともかく、今回は、AIの暴走というか爆走をイーサンチームが頑張って阻止しようとする話。
いつもよりは説明が多いかんじで、そもそも始まるまでにけっこう長い潜水艦シーンがありまして、もう冷戦というのもないし、みんなが「これは危機じゃん」という丁度いい(と言うとちょっとアレなんですけども)状況の設定までに時間がかかっているなという気がしました。
この説明がほんとに説明のための説明で、スッと入ってきにくいなという気はしました。
英語だと"the Entity"って言ってたけど、字幕だと「それ」となっていて、これは実際そういうものなのかもしれないけど、「それ」って言われてもわかりにくいんだよね。「エンティティ」だったらわかりやすいかというとそうでもなくカタカナが増えてかえってわからなくなるのかもだけど、「それ」というか、人格を持ってるという設定なので、名前ぽくしても良かったんかなぁと思わなくもありません。わかりません。
まあ、そこは映画的には「なんとなくでいいし。超ヤバいAIってことで」てかんじなのかもですけど。
それはそれとして、トム走り(だいぶ走っている)、カーチェイス(手錠オプション付き)、バリバリバイク、電車の上で殴り合い、お約束のマスクの云々、そしてそして「よし、飛び降りよう」とありったけ詰め込まれていますから、長くなるのは仕方ない。というか、パート1で全部やっちゃったけど、パート2どうするんだろう。
このね、「よし、飛び降りよう」のくだり、すごく楽しいです。緊迫した場面なのだけど、トムの「お、おう。それしかないしな」みたいなかんじ、つい笑ってしまう。
まあ、イーサンが死ぬってのはありえないし、トムが存命なのも知っているので、見る側もそこのハラハラはない(または少ない。でもこのあたりは不思議なドキドキで、イーサンやストーリーに対してというのもあるのですが、トム大丈夫かというのもかなり混じり込んでくる)はずなのですけど、でも、後ろに行くにつれて、どうなるんだろう、どうやって成功させるんだろう、あとガブリエルやたら怖いし、に加えてすごいアクションの連続で目が離せなくて、トイレに行けません。気をつけてください。
最初の空港のシーン、スパイものらしくて良かったですし、ローマ(の車)をガンガン壊しながら追いかけっこし、ぐるぐる回ったあと運転席と助手席が入れ替わっていたり、あんまり書けないけど、あそこから飛び降りてあの場面に出てきたり、谷に落ちていく車両(オリエント急行ですよ)から上の方へと逃げていったりでこれがまたてんこ盛りでお腹いっぱい、と前からスーパーエンタメなのですが、すごいバジェットで大真面目にバカバカしいことをする(褒めています)、というほうにさらに寄っていたように思いました。
落っこちそうになる車両から無事なところまで逃げるのって、まぁ一両かせいぜい二両じゃないですか。いやいや……お腹いっぱいでした。
今回、ポム・クレメンティエフという俳優を初めて見たのですけど、アジア系のお顔立ちだなと思っていたら、やっぱりそうでした。かなり細そうですけど、アクションも良かったし、運転の狂ったかんじ、とても印象的でした笑
トムはじめ、皆さんさすがにお歳がいったなぁというところですが、イーサンがIMFに入ってから30年経ったことになってました。長いシリーズですよね。最初の頃のトム、めっちゃ若いもんね。しみじみ。
私がトムの映画で好きなところは、「はいはい、きみら、こういうの好きなんやろ?」みたいに適当にお茶を濁すのでなく、その種のサービスシーンはあるにしても、基本的には「こういうのを見せたい」という感じがするところです。ストーリーは、はっきり言って無理だらけだし、はっきり言ってあんなところから飛び降りずとも普通に乗りゃいいじゃん(前のヘイロージャンプもそうだったけど)だらけですよ。
でもいいんだよ。トムだから。歌舞伎みたいなもんだから。
まさしく戦慄の記録-インパール作戦
この時期は戦争について考えます。
今夏は、インパール作戦について読みました。
■インパールってどこ?
インパール、というとネットミームのようにもなっており、詳細は知らずとも、「とかく無謀な作戦」を指している、というのはある程度共有されているのではないでしょうか。
しかしふと省りみると、私はインパールがどこにあるのかさえなんとなくしか知らなかったです。インドの東で、日本軍はミャンマー(ビルマ)側からチンドウィン川を渡ってここを目指したわけですが、補給が困難であることは初めからわかっていたようで、「難しい」という意見も出ていたようです。はじめは牟田口中将もその意見だったようなのですが。
それでも、決行されました。
■NHKに受信料払っても良い
この本は2017年に放送されたドキュメンタリーの書籍化です。放送自体は見ていないのですが、この本を読む限り「受信料払います」と言いたくなる内容でした。
■とにかくとんでもない……
従軍した方々が作戦の様子を話していて、本当に悲惨だったことがよくよくわかります。その状態にも胸を突かれるのですが、決定、遂行、中止のこの流れに驚きました。
飢え、病気で亡くなった兵隊のほうが多いというのはよく言われているところですが、ごはんがなかったら精神力でがんばればいいじゃない、みたいなの、本当に信じられません。また、自殺した方も多かったというのも暗澹たる気持ちになります。日本軍はもともと兵站を重視していなかったとのことで、それが根性論に基づくものなのか、上層部が人を人とも思っていなかったのか、なんともです。
指揮官が愚将だった、というのは簡単ですけれども、これを読む限り、意思決定のプロセスがとても曖昧で、結局どこまでどうするのかというのがきちんと決まらないまま、何万人もが送り込まれたように見えます。しかも、現場の意見を聞く構造にはなっていないどころか、言うことすらできない(言い出せない、言っても無視される、言ったら更迭される)ような組織です。
もともとは大本営から「インパールを攻めろ」というのが出ているわけです。情とか縁とかけっこうそういうので決まっていって、決まってしまえば決まりは決まりだから、そのとおりにしないなんてありえない、となってしまう。作戦の悲惨さも本当につらいのですけれど、決定までのあやふやなかんじがまた悲惨だなと思いました。
牟田口中将を擁護したいわけではないけれども(その時点では第十五軍のトップだったのだから)、この人だけではないしその上の河辺大将も大本営もまあひどい。
もちろん、実際にその人の命令で戦場に行かされた人の思いは別ですが、そのうえで、後世が「これはなんだったんか」と考えるとき、個人を攻撃して終わる問題ではないのではないかとも思います。
こういった、誰がどうして決めたのかよくわからない、責任がどこにあるのかわからない、皆が「あいつが言った」「あいつがやめなかった」と言い合う構造って、現代社会でもよく見ますよね。結局とんでもないひどい目にあうのは現場の人、という理不尽はいつまでたっても変わらないのでしょうか。
失敗が濃厚になって中止に傾いたときだけ、「中止したいんかな?」て顔色を読んでほしいと言われても……。それも、中止が決まってからもうまく現場に伝わっていなくて、中止を知らないままさらに向かっちゃってるんですね。えらい人は逃げちゃって。
この作戦が仮に、実は成功の見込みがあるものであったとしても、それはものすごい犠牲を前提にしたものであったでしょう(この本の中で、「5,000人殺せばとれる」と参謀が中将に発言したと出てきます。この5,000人は、日本軍の兵士のこと)。であれば、やはり愚策であったと思います。
元日本兵へのインタビューももちろんのこと、「齋藤日誌」の発見も貴重ですし、現地の、つまり巻き込まれた人たちにもインタビューしています。一方で、牟田口中将のお孫さんという方も出てきて、将校の家族の思いというのも垣間見え、本当に貴重なドキュメンタリーだと思います。映像作品は見ていないのでわかりませんが、この本には取材者がそのとき感じたことも描かれていて、取材者の問題意識を強く感じられるし、取材の難しさ、問題の深さについてのリアリティーもあります。
文庫化してお求めやすくなっていますので是非。
ああ 甲子園(それは春の歌だけど)
高校野球を見るのは好きなのだけれども、ここ数年来、高校生を消費している感覚が強くなってきて、やりがい搾取というのか、スッキリしない気持ちを抱えながら見ることになる。
箱根駅伝と同じようなところもあって、いったいこれは本当に選手のために開かれているのかどうなんだろうかと疑問に思うところもあるけれども、本人たちが楽しくやっていそうだし出たそうだし目標にしているし、なにせ箱根にせよ甲子園にせよ、やめようとか変えようってことになると選手たちがいちばんかわいそうなんじゃないか的ななんらかが爆発するような気もしなくもない。
そうなんだよね。
でも、この記事を読んで、ああと思いました。
特に、「大人が選手を自分好みのストーリーに当てはめようとする、いわば、青春の押し付け」というところ(この記事の3回目冒頭)。
そう、感動的なストーリーを消費して楽しんでいるんですよね。おもに大人が。
筋書きのないドラマなんてちょっとうるっときそうな言葉だけれども、このドラマを「テレビドラマ」と取ってみれば、要するにエンタメとして見てるんです。
9回裏ツーアウトで祈ってるスタンドの女の子とか、空振り三振してがっくりして泣き出す選手とか、そうやって一回きりの夏を経験している子らを見て、なんとなく青春の美しさ的なものを目撃してなんら関係ないのに感情移入したりもして。
毎夏のように見ているけれども、前年ぐらいはともかく2年前、3年前の優勝校も覚えていないし、チームも選手の名前も覚えていない。
個人を見ているのではなくて、夏、がんばっている若者を見ることを年間行事のひとつとしてなんというんですか、ループものみたいな。
で、だから、「夏、暑い中、甲子園(屋根なし)、坊主頭でやってもらいたい。そうでないとビールがうまくない」みたいのって、要するに単なる好みでしょう。
お子たちは、そういうもんだと思っているのかもしれないし、次から甲子園でなくてドームな、ってなったら「えーっ」てなるのかもしれないけれども、でも、本当に野球したいならベストなコンディションでできるほうがいいんじゃないでしょうか?
足攣って倒れちゃう選手もいるみたいですが、攣るのも痛くてたいへんだけど、まあ治りますが、治らんような事態が起こってしまったらどうするのかと。
高校生の考えもきちんと聞くのが良いと思うけれど、はっきり言って命に関わるようなことなんだから、その点は「高校生が望んで参加したんだし、自己責任」とはならないし、やっぱり大人の責任だと思うんですよね。
甲子園をドームにするなり屋根を付けるなりっていうのもいいのかもですが、地方大会を全部ドームでするのは難しそうだから、やっぱり季節の問題だという気がします。ないよりはマシなのかもですけど、「熱中症が怖いなら、クーリングタイムを作ればいいじゃない」って苦肉の策なのでなければなかなかのスパルタじゃないだろうか。
秋、もう少し涼しいときにすればいいったって夏休みだからできるってこともあるんだろうし、いろいろぱっとはうまくいかないんでしょうけども、せめて真夏の真昼に試合するのはやめるとか、どうにかならんのですかね。
ここまで書いたこととあんまり関係ないけどちょっとある、随分前に読んだこの本が好きです。
サインを出しても見ない選手たち(監督が「見て!」と叫んだらしい笑)、というのがすごく新鮮だった。
でも、それでいいよね。
変人講座教授の帯に惹かれ、SDGsについてモヤモヤしてみた
タイトルすごいですよね。
SDGsってたしかにモヤリとします。
まーた胡散臭い横文字始まったぞって。
でもこれ、必ずしもディスっているわけではなく、地球温暖化とか嘘、プラスチックに環境負荷はない、とかいう陰謀論の本ではありません。
全員が同じ方向をむいて同じことをするって気色悪いし、そもそも弱いというか脆いよね、という、多様性の強さってそういうところやぞ。ていう。カオス理論のところも面白かったです。
あと、しょうがないっちゃしょうがないけど、SDGsっていわゆる「西側先進国」の論理であり、かつそれに各国の大人の事情もありますってわけで、言われてみれば見た目(?)ほどうんこから遠くないのかもだし。
ね。
SDGsによらず何にしても、とても純粋に信念を持って活動している人たちがいて、それはとても素晴らしいと思うのですが、紙のストローとか勘弁。とか口に出して「意識低い」とかマウント取られる(と感じてしまう)のもバカバカしいし(まあ、スタバ自体ほとんど行かないので、スタバ話(?)に入れないわけですけども笑)、もうこうなってくると宗教だよね、みたいなの、疲れるし敬遠しちゃいますよね。それはそれ自体がサステナブルじゃないじゃん。。
まあ、ここまで散々好き勝手やってきておいて、いわゆる発展途上国に「いや、これからは環境配慮せなあかん」とかいうのも、言う側はどのぐらい説得力があると思って言うてんのかな、とも思いますしね。
この本によると、日本のごみ処理施設はハイスペックなので、いっそプラごみも一緒に燃やす方がよく燃えるし環境的にはいいぐらいなんだそうです。それ、たしかにちらほら聞くよね。
取り組むこと自体は良いことだと思うのですけど、たとえばレジ袋を有料にしてみるのは良しとして、どのぐらい効果があるのか、本質は何なのか、よくわからないまま「やってる感」で満足していては意味がないですよね、たしかに……。
だって、夏ますます暑いじゃん。二酸化炭素排出量減ったとも聞いてないしな。で、そもそも二酸化炭素だという可能性が最も高いけど、あとの可能性全部排除してしまって一点賭けしていいんか、というのもたしかにな、と。
でもー、ますます暑いのは事実だし、雨凄まじいし、どうにかしないとなのは間違いなくて、しかし「これをすれば絶対OK」というのは、仮にあるとしてもできない(電気使うのやめる、だったとしてもできないよね)ので、みんなでちゃんと考えましょうね、ということなんだと思いました。
あと、うんこって、別に役に立たない汚いものって意味ではなくて、自然に還っていくエコなものってことでもあるんですよね。
環境のことを考えるとき、便利をどのぐらい手放せるか、ということを考えるんだけど、プラスチックたしかに困るところもあるけど人類の叡智っちゃ叡智なんだしめちゃくちゃ不便になったら意味なくない?というようなことがこの本には書いてあって、それもそうだなとは思いましたが、それでももう少しなんとかならないのかなーって思うこともあるんだよね。オフィスやお店や施設や電車、夏クソ寒いとか冬クソ暑いとか、イメージ戦略に使われているところもあるのかもだけど実際すごいゴミ浮いてる水辺とか、あるじゃないですか……。
今、ファストファッションもえらいことになっているそうですし、やっぱり己の生活も見直さなきゃなところがあるよなぁと思います。
この記事もなかなか興味深かったです。
言い忘れましたが、京大変人講座は実在します。
これ行きたかったんだけど、ちょうどいそがしいときで行けなかったのよー。
2023年以降の記事が見つからない?みたいなんだけど、もうやってないのかなぁ。
インボイス制度はそこそこ勉強した
まず、税制の話だということで、そこでもうあーってなるわけで、かつ会社に勤めている人にはあんまり関係ないといえば関係ないような気もするかもですが、私は自分の業務の中で経理関係のこともやっており、あと、各所からたいへんな制度と聞いたりもしており、なのでいろいろあって勉強しました。
本則課税とか簡易課税とか、ほんとやめてほしいです。なんで私がせなあかんのか感がMAXです。
ともあれ。
インボイス番号がある請求書に対して支払いを行った場合は、その請求書にある消費税は控除できるのですが、インボイス番号がなければ控除できず、その分の税金も支払わなきゃならないってことになります。
インボイス番号を取得できるのは課税事業者のみで、免税事業者(課税売上高が1,000万円未満)は取れないですが、1,000万円未満でも、自ら手を上げて課税事業者になることはできます。収入が少なくても課税事業者になるか、仕事が減るかもしれない(発注主は、明言はせずとも、控除できるほうに発注するでしょうから)のを覚悟して免税事業者を続けるかしなきゃってことなんですね。
こちらの記事、わかりやすかったです。
ビデオニュース・ドットコム、7月8日の放送を見ました。
7月8日はインボイス制度のお話で、とても勉強になりました。だいぶ勉強したと思っていたけど、それは実務上の対応のことで(しかしそれも十分ではない)、根本のところがよくわかっていなかったなぁと。
そうね、言われてみれば、増税ですわね。誰が払うかの問題なだけで。
聞いていてまずぎゃあと思ったのが、消費税って実は消費者が納めるものじゃなくて、事業者が納めますよね(たしかにそうだ。納付書来たりしませんよね)。その分、価格が上がったってだけなんだよね。何か物を買ったときに消費税ってレシートに書いてあるけども、それって「消費税分」という意味で、支払うイコール納税ではないですよね。そうか、そのとおりだけど、知らんかった……。
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(課税の対象)
第四条 国内において事業者が行つた資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三項において同じ。)及び特定仕入れ(事業として他の者から受けた特定資産の譲渡等をいう。以下この章において同じ。)には、この法律により、消費税を課する。
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(納税義務者)
第五条 事業者は、国内において行つた課税資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三十条第二項及び第三十二条を除き、以下同じ。)及び特定課税仕入れ(課税仕入れのうち特定仕入れに該当するものをいう。以下同じ。)につき、この法律により、消費税を納める義務がある。
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私が理解するところ、課税の対象は事業者の商売で、納税義務者は事業者ですね。
でもさ、国税庁はこう書いてるんですよ。
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・消費税は、商品・製品の販売やサービスの提供などの取引に対して広く公平に課税される税で、消費者が負担し事業者が納付します。
・商品などの価格に上乗せされた消費税と地方消費税分は、最終的に消費者が負担し、納税義務者である事業者が納めます。
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「消費者が負担し」って書いてあって、これ、嘘ではないけども、ちょっと誤解を招きそうというか、納税義務者ではないのは確かにそうなのだけれども、「消費者が負担し」ますって、そんなことは消費税法には書いてないよね?まぁ、ほかになかろうとは思いますけども。
で。
インボイス制度の是非自体はよくわからないんだけど、こんだけ泣いてる人がいるのに、無理やりやっていいんだろうかって思います。しかも、大概の人は理解していないですよね。あんまり関係ないから。
けど、これでフリーランサーや一人親方や小さな会社がばたばた廃業しちゃったら、それって消費者にとっても不利益なんじゃない?
ちなみにこれ、連合は反対していないんだそうです。この記事、ちゃんと読んでなくてごめんなさいなのですが、見出しは「着実に導入すべき」となっていました。
税収を上げるのは大事かもだけど、この制度が開始したからってものすごいアップになるわけでもなさそうだし、そこから取らなあかんのか?というかんじ。
会計ソフトとかそれ系のコンサルタントの会社とかはいそがしくなるのかもですね。税理士さんとかね。しらんけど。
番組内で、この本が紹介されていました。読んでみようかな。