みそかす日記

映画とか本とか美術館とか飲み屋とか。日々のけだるげな記録

見た、読んだ、『国宝』

 長いこと気になっていました。

映画『国宝』公式サイト

 予告編を見たときに、「これはどうかな……」と思ったのでそのままになっていましたが、とにかく評判がよく、同僚にも勧められ、家人も見に行ったというので、ほんじゃ行くか、ということで。

 

<以下、ネタバレあり>

 

 

 同僚の評は、3時間(の長さ)を感じないおもしろさ、とのことでした。私としては、予告編のお化粧どろどろになって泣いている図を見てすでにお腹いっぱいだったので「そおなの?」というかんじでしたが、よく映画を見る人がそう言うのだし、ハズレはないだろうとは思っておりました。

 家人の評は、おもしろかった、良かった、がベースでしたが、
渡辺謙女形……?」
「あの一緒に入れ墨までいれた女の子が、別の子(俊ぼんのこと)のほうに行ってしまうのはおかしい」
人間国宝(これは万菊さんのこと)がどんなに落ちぶれたとしてもあんなところに住むわけない」
「女将さん(寺島しのぶ)の態度がなんかおかしい」
「あんな入れ墨のある人、なんぼなんでも歌舞伎役者にはなれない。外国でも上映されているらしいが、勘違いされないか心配」
などなどでした。

 で、年末ようやく。
 全体的には、おもしろかったです。

■良かったところ

・ 衣擦れの音。美しい
・ きれい! 華やか!
・ わかりやすい!
・ すぐに展開するので、長いけれど飽きない(特に後半)
・ 同じ理由で、いやあああぁぁつらいーーーという状況が非常に短い
・ よくわからないけど主役二人が仲良しなので、ギスギスした気持ちになりにくい
・ うわ、これあとで響いてくるやつでしょ、と思った嫌な展開になりそうな伏線が回収されない(笑) 具体的には、きれいなお顔に喰われちまいますよ、的な万菊のセリフ。顔で損した描写はなかったように思うけど、もしかしたらドサ廻りしているときに寄ってきた男の人に「偽物」と言われたことなのかもしれない。もしそうなら、そのぐらいで済んでよかった
・ なにしろ役者さんがすごかった
・ 田中泯が特にすごい。出てきたときの緊張感
・ 準備ができたときの「はい」がなんとも言えず良い!
・ 逆説的に歌舞伎の女形のすごさがわかった

 総じてストレスが少ない3時間だったと思います。

■そうでもなかったところ

・ 後半、同じことを何度も見ているような錯覚が……
・ いろいろあって戻ってきても、人物なり芸なりの変化がよくわからない。最初の道成寺といろいろあったあとの道成寺、とか
・ お化粧どろどろ踊りは酔いそうだった
・ いくらなんでもけっこうな名跡を襲名した人があんなにまで落ち目になるもんなんかな……
・ 歌舞伎の舞台で良い場面ってとこで上から別の音楽がかぶさってくる。それはめっちゃくちゃがんばっていても、やっぱり歌舞伎役者でないので仕方ないのかもしれない
・ 曽根崎心中、さすがに舞台でドタバタしすぎでは……あの状態で続けるかなぁ
・ 人間国宝になるってことはそこそこのお歳だと思うけど、最後まで吉沢亮が若いというか、年を取ったフリもしない

 でも、このあたりは別にいいです。
 喜久雄が最後まで異常に若いのも、普通の人じゃない感が出ていていいのかもしれないし。

■ものすごい気になったところ

● 彰子が行方不明になった

 女性の扱い方がどうなの、みたいな感想はちらほら見ていたので、そういう意識はありましたけれども、歌舞伎界での女性の立ち位置っていうのは知られているわけですよね。良し悪しはおくとしても、そういうものだよね、と驚きはない。なので、劇中で妻、愛人、恋人がああいうふうに扱われていることは、私としては、まあ、そういうこともあるんだろうな、というかんじでした。
 でも、この映画自体の女性の扱いには凄みがなかったような気はします。踏まれても蹴られても覚悟決めて最後までやったるで(梨園の女性はこうあるべきとかと言いたいのではないです)、みたいなものはあんまり感じられなかったので、なんだか便利に使われているようには見えました。
 寺島しのぶを使っておいて……となんだかメタながっかり感もちょっとあるなどしました。

● 悪魔と取引したんやろ?

 ラスト、喜久雄は人間国宝になるわけですが、娘さんがカメラマンとしてやってきます。
 ここまでの流れだと全然会っていなかったのかなというかんじだったので、見てすぐに娘ってわかるんか、というのもありますけど、それも吹っ飛んだのが、娘さん、最初は、お父ちゃんと思ったことない、とかまともなことを言っているのに、急に「日本一の歌舞伎役者にならはったね」とか言っていて、なんかそれはおかしくない? ドスで刺してくる展開を予想したんだけど。

 このあたり、めっちゃ気になったので映画館からの帰りに原作を買って読んだところ、そのあたりはかなり違っていました。原作のほうは女性もそれぞれ根性があって、納得できるかんじでした(繰り返しですが、良し悪しではないです)。

 このお話って、つまるところ「役者の業」の話なんだと思うけど、タイトルからしても最後どうなるかだいたいわかるわけですよね。役者の、一般人の理解・行動からはみ出している感じ(一般人からすると不愉快な部分もあるでしょう)とか悲劇性よりも、共感できるような、良い気分で劇場を出られるストーリーを優先したのかなという気がしました。


 結果、成功しているし、良いよね。


 これで歌舞伎を見に行く人が増えたらすばらしいと思いますが、この映画が好きな人の多くにとっては、歌舞伎は退屈かもしれんと思わなくもないです。でも、まずは行ってみないとわからないもんね。

 なお、原作の小説は地の文が敬体で、「語り」みたいになっています。
 お話の中身はなかなか生々しいけれども、この軽妙な語り調のおかげで、てんてん、と進んでいきます。
 映画の中で印象的だったセリフは、だいたい原作にあります。でも、そのタイミングでそういうふうに言うと、意味変わってない? と思うところも……。
 あと、舞台に男の人が侵入してくるところも、だいぶ意味が変わっていたかな、と。原作では、ここで現実と舞台の境が壊れてしまって、喜久雄が違う世界に行ってしまう最後の一押しになった、と思います。で、最後の舞台で「きれいやなぁ」と言いながら外、道路に出ていってしまう。
 映画のラストは、見たかった景色が見えた(現実にはないものを見ているってことですよね)、ということで、原作とある意味同じ終わりなのかなぁとも思います。あっちの世界というか、あの世に行ったのかな、とも思いました。

国宝上青春篇 (朝日文庫)

国宝下花道篇 (朝日文庫)

 昭和の興行とか、それに続いてテレビとか、そういう文化史としてもおもしろかったです。

奇妙なチーム

すっかり野球シーズンが終わってしまった。

日本ハムを応援したが負けてしまった。日本シリーズソフトバンクvs阪神となり、なんとなく流れで見て、当然というのか阪神を応援した。

結果は御存知の通り。

なのだけれど、阪神というチームはつくづく不思議。

なんであの日あのときあの先発云々とかそういう話ではない。

日ハムが負けても、「負けちゃったけどナイスゲームだった。次がんばれ!」と言いたくなるかんじだが、阪神はそうではない。

何やっとんねんんんんんんんんん!!!

となる。

これは不思議なことだ。

シーズン中そんなに熱心に応援してきたわけでもないのに、頼むから甲子園で決めさせんのだけはやめんかいと思い、そしてとうとう甲子園で日本一を決められてしまうと、その不甲斐なさは何やねん、という気持ちになった。

セ・リーグ覇者なのにとか、日ハムの仇(?)を取ってほしかったとか、そういうことでもない。負けたのが悔しかった。

ソフトバンク強かったよ。おめでとう。

と言うのが野球ファンの鑑なのだろうけれども、とにかく負けたのが悔しかった。

なお、特定の選手に対してというよりも、「阪神」に対して思うのである。選手たちはとってもよく頑張っていた。最後打たれたのも、あれは投げたほうではなくて打ったほうが悪い(悪いわけではない)。

当然のことながら、関西人がすべて阪神ファンなわけはなく、そもそも野球ファン自体が減っているだろうが、やはり私が関西人であることが大きなファクターだと思われ、なんらか染みついた特別なものがあるようで、スマートに応援できないのである。入れ込んでしまうというのか、阪神が負けると自分のなにかが負けたような気がする。

というと大げさだが、いずれにせよ、他のチームをどんなに好きになっても、阪神が特別なチームであることは変わらなさそうな予感がしている。

奇妙な気付きであった。

ちなみに大山選手が好き。残ってくれて良かったね。近本選手も残ってくれて良かったね。それはまあ、巨人とか行っちゃったら血を見るもんね(しらんけど)。

思わずシャウエッセン買っちゃうのね(応援の一貫)

 プロ野球をこんなに熱心に見るのっていつぶりだろうか。

 高校生の頃、甲子園に何度か行った。その頃は阪神ファンだった。
 1985年に優勝したあと、カーネルさんの呪いのせいかとにかく低迷。1992年に新庄と亀山が出てきて2位(準優勝と表現されていた)になるまでほぼ6位だったし、1993年以降も10年間Bクラスだった。阪神が強いチームになったのは、私の感覚からするとわりと最近のことである。

 私は久慈選手のファンだった。なにしろ守備がうまかった。バッティングは輝かしいとはいえなかったかもしれないが、渋いところでしぶとく打ったりいきなりホームランを打つこともあったりしてなにしろ好きだった。

 久慈くん(と呼んでいたのですみません)が阪神にいたのは1992年~1997年(その後、中日1998年~2002年、再び阪神2003年~2005年)。新庄(と呼んでいたのですみません)が阪神にいたのが1990年~2000年。なので、新庄選手のプレーも実際に目にしていておかしくないが、通い詰めていたわけでもないのであんまり記憶にない。テレビでときどき試合を見ていたけれど、試合の記憶自体があまりない。家で野球を観る習慣がなく(しかも父は巨人ファン)すぐチャンネルを変えられてしまったのと、そもそも阪神がいつまでも弱かったのであんまり頑張って見なくなったのだと思う。そのうち、結局金持ちの球団が勝つんだよなと思って、なんだかつまらなくなった。みんな長島さんが好きで巨人に行ってしまうのもいまいち納得できなかった。自分の生活の変化などもあって、ますます興味が薄れた。

 新庄選手に関しては、敬遠球を打ってサヨナラしてしまったり、ファンの旗にホームランボールを叩き落されたり、急にメジャーに行ってしまったかと思うと日ハムに戻ってきてオールスターでホームスチールしたり、引退宣言して優勝して終わるなど、なんというのか、話題性のある華やかな選手だった。もうちょっと正直にいうと、目立ちたがりな印象だった(ホームランを叩き落されたのは関係ないけど)。

 その後もゴシップ的なことやらトライアウトを受けるやらいろいろあったみたいだが、私はプロ野球への興味を失っていたし、テレビ自体見なくなっていたのであまり知らない。テレビ中継も減ったのだと思う。

で、新庄監督である。

 まずびっくりした。

 現役時代にしろ引退後にしろ「新庄」を知っている人の多くがびっくりしたのではないだろうか。たいへん失礼ながら、変な声出た、という人も多かったのではないだろうか。

 みんなをまとめてチームを指揮したり選手を育てたり、そういったことを好きそうに、というか興味がありそうに見えなかった。自分が主役、というかんじの人だと思っていた。

 びっくりして、注目するようになった。

 思えばここですでに新庄監督劇場に引き込まれていたわけだ。
 プロ野球のことを気にしなくなって久しく、リーグ戦もCSも日本シリーズもオールスターも見ず、いつやってるかも知らず、WBCがあってもほとんど選手がわからない状態で、しかもこれまでパ・リーグの試合はまったくと言っていいほど見たことのない人間が立ち止まったのだから。

 最初のうちは弱かったし、取り上げられ方も、なんともいえない微妙なかんじだったと思う。たぶん、多くの人がどう評価していいのかわからなかった。ただ、弱かったのは弱かったので、わりと言われ放題だった。

 この時点では特にファンということもなかったので、気楽にテキスト速報などをちらちら見ていた。知っている選手は清宮くんと万波くんぐらい。あとはまったく知らない。

 また負けたか、という日々だった。なかなか勝たない。

 弱いチームというのは、当然だがたまにしか勝たない。たまに勝つと上位のチームに対する嫌がらせみたいになる。ベンチはどんより、監督はなんだかむっつり怖い顔をしていて顔色自体悪い。中村監督(阪神)は本当に心配になるぐらい気の毒な様子だった。

 ところが、新庄監督の言葉は負けてもいつもだいたい前向きで、面白かった。

 監督就任3年目になって急に(というわけではないのだろうが)強くなった。
 ソフトバンクがアホみたいに強いので、2位といってもだいぶ離されていたが、それでも2位。

 しかし、去年もそんなに応援するほどでもなかった。知っているのはあいかわらず清宮くんと万波くん。交流戦ぐらいから、水谷くんもふわっと知っていた。

 CSに残ったので、へえ、と思って本当に久しぶりに見た。

 ものすごく緊張する試合のはずだが、日ハムの選手たちは若くて元気が良くて楽しそうだった。それは印象に残っている。

 残念ながら日本シリーズには行けなかった(ソフトバンクにはわりとあっさり負けた)が、それでも、日本シリーズ行きを争えるところまで来ていた。

そして4年目。

 レイエスウウゥゥゥーーーーー!!
 正義くーーーん!!
 ひろみひろみひろみ!!

 とえらいことになっている。

 弱いときは適当で、強くなったら応援するんか、と言われると「すみません」としか言えない。強くても弱くてもずっと応援しているファンは本当にえらいと思う。なので、「日ハムファン」と自称するのにはちょっと抵抗がある。こういうことにはいつも乗り遅れているのでこれは仕方ない。

 偶然、家人が留守にしている日になんとなくテレビで見てみたら面白かった。

 これまた偶然、誘ってくれる方々があって京セラドームに行ってみたらこれまた楽しかった。

 そんなこんなで今は毎日試合を楽しみにする身になってしまった。

 いったん見るようになれば、選手の顔と名前も覚えてくるし、スポーツ新聞のネット記事や監督のインスタもこちらから探して読むようになる。基本的にテキストベースの生活で、動画は面倒なのであまり見ないが、動画もときどき見るようになった。

 入口は新庄監督だったが、今は選手たちとそのプレーを楽しみに見ています。

 逆に、新庄さんが監督にならなかったら、今でも日ハムで知っているのは清宮くんと万波くんだけ、という状態のままだったかもしれない。

 新庄監督ご本人もあの手この手でプロ野球を盛り上げようとしているのがわかる。現役のときもそうだったのだろう。球場の雰囲気もかなり変わっていた(甲子園はけっこう怖かったのよ)し、コラボしたりごはん頑張ったりすごいスピードでグッズを開発したり、球団の努力もすごい。選手の入場曲なんてなかった。トラッキーはバク転していたが(トラッキと握手したことがある。良い手触りのタオルみたいだった。記憶の改変があるかもしれない)、きつねダンスなんてやる雰囲気ではなかった。

そしてシリーズ終盤

 今日、これを書いている時点では首位ソフトバンクとは4ゲーム差の2位。

 とにかくソフトバンクが強いのでなかなか差が縮まらない。

 ヤキモキしてぎゃああああああとなっていることも多い(特に今)が、怒りではなくて口惜しさだったり歯がゆさだったり。選手たちは全員私より年下で、子どもぐらいの歳の選手もいる。元気に頑張っている姿を見るだけでちょっと嬉しい。そういうところは私の視点も変わった。

 高校生ぐらいのときはもっと、なに三振しとんねん、どこ投げとんねん、どこ振っとんねん、クソボール、ノーコン、扇風機、というかんじだった。球場で叫んだことはないとはいえ、今思えばわりと失礼である。選手との(心理的な)距離が遠かったからだと思う。言い方が難しいが、プロ野球界というのはかなり遠いところにあり、常識では測れず、プロ野球選手は特別な存在で、打って当然、抑えて当然、という視線だったのだろう。今も近くはないしプロ野球選手は特別な存在だが、いろいろ発信ツールが増えたせいか、「ふつうの若者だな」と思うような瞬間があって、なんとなしの親しみがある(高校生のときはさすがにスポーツ新聞は購読していなかったし、もちろんネット環境はなかった)。

 簡単に言うと、選手全員かわいい。

 もし今私が20代はじめ頃だったら人生狂っていたかもしれない。正義くんが結婚しようものなら行かないでお嫁サンバだったに違いない(アナクロニズムが起きている)。

 ……しかしやはりそれは無意味な仮定で、若かったらここまでハマらなかったような気もする。若い頃はいろいろ余裕がなかったし、むかし見ていた選手が監督になったことに何らか感じるところがあるのは、そこそこの歳になったからだろう。

 毎日、仕事が終わったらなるべく早く帰って野球を点ける。月曜日以外。

 このごろでは家人が先に点けて見ている。

 休日はプレイボールが待ち遠しい。

 しがないサラリーマンの生活が少し彩られる。いつかエスコンに行ってみたいと思わせてくれる。北海道遠いけれども。いつか行きたい。

 そして、やっぱり優勝してほしい!
 応援しています。

TM NETWORKのライブに行ってきた

 ちょっと経ってますが、TM NETWORKのライブに行ってきました。
 その前行ったのいつだったかな……。5年は経っていると思う。

 前も思ったけど、

 UTSUの声が高校生(概念)

 3人ともお元気そうで良かった。

 どの曲も良いのですけども、私が今回特にフゥ~~~!てなったのは、Fool on the Planetでした。好きなんです。


 Devotionも、家で聞いたときはピンとこなかったけども、生で聞いたら良かった……。

 あとは、THE POINT OF LOVERS' NIGHTも好きなんですけど、「電話ボックスに忘れたカセットで」を今の人は理解できないだろうな、と遠い目になりもする。私も、それで「君のメッセージが僕に伝わる」、という状況はいまだによくわかりませんけれども。

THE POINT OF LOVERS' NIGHT

THE POINT OF LOVERS' NIGHT

  • provided courtesy of iTunes

 UTSUの声って、本当にあのままですよ。
 あの、CD(とかそういう媒体)で聞く通りの声です。
 一応言うと、ライブで聞くほうがかっこいいです。それはもちろん。

 小室さん出ずっぱりでがんばっていました。小室さんと木根さんの曲も良かったなぁ。
 で、MCがないのも好きなんです(私は)。
 定刻に始まって、時間どおりに終わる。アンコールなし。
 この、なんともいえんクールなお仕事感。すばらしい。

 TMNの歌って、だいぶ歌うまい人が歌ってもあんまりかっこよく聞こえないんですけど(バイアスがあるのは認める)、なぜUTSUが歌うとあんなにかっこいいんだろう。答えは、UTSUが好きだから、なんだろうけども。
 そんなに情感たっぷりとかではないんですけどね。わりと淡々として聞こえるのに、冷たくはないんですよね。変わったリズムだし、歌いだしとか繰り返しとか、けっこう歌いにくいと思うんですけども。まあ、プロに歌がうまいとか言うのもアレなんですけど。ときどき歌詞間違うのはみんな知ってるご愛嬌。

 会社の若い人に話したら、ほぼ知らない、Get Wildはかろうじて知っている、というかんじだったので、まあ40周年を迎えるということだから不思議ではないにしても、本当に長いことやってるなぁと。

 また行きたいです。

ラグビーW杯を見ている

 ラグビーをみています。
 ワールドカップになって見始める、いわゆるニワカってやつです。
 今朝も早起きして、準決勝を見ました。
 それにしてもこの時間、きつい。

www3.nhk.or.jp

 今日はアルゼンチン対ニュージーランドで、やっぱりニュージーランド強いなぁという試合でした。アルゼンチンも強いけど、今日は特に後半重たい感じでしたね。
 私ね、カレーライスみたいな名前で有名(?)な、マテオ・カレーラスくんを応援していました。この選手はまだ若いウィングで、日本戦でハットトリック(ってラグビーにもあるんですね。まあ、トライ3回ってすごいよね)しました。めっちゃ速いんですよ。今日はトライには至らなかったですけども、ときどきキラッと輝いてくれました。
待てよ!カレーライス」って……笑(この記事は、日本VSアルゼンチン戦の試合中の記事みたい)


 それはともかく、ニュージーランドのチームの展開って、こう、
 ビッシイイイィィッ(←ジョジョ文字)
 みたいな、すごく硬質な感じがするんですね。そこは日本はもうちょっとふわっとしているように見えました。だからどっちがいいとかはよくわからないし、言い表し難い雰囲気ですが。

 あとね、同じ人数と思えないんですよね。
 日本チームは、次パス出す先がいないって感じることがときどきあって、それは何人か飛ばしてパスするからなのかもですけど、すぐ端っこにきて次の人おらんみたいになってたように見えたんですけど、ニュージランドのチームって何人いるの? てぐらい、次から次からボールがつながる。経験者によると、倒れてもすぐ立ち上がって戻るから、だそうです。
(今回、ニュージーランドVS日本はなかったから、別々の試合を見た感じ、です)

■ぼくの思う「これわかればだいたい大丈夫」

 周りの人にラグビー見てるか尋ねてみたんですけど、ルールがわからない、とのことでした。私もそんなに深く理解していないし、ポジションもなんとか言えるかもしれんというような程度だけども、めちゃめちゃ楽しんでいます。
 なので、「私ぐらいの理解」をまとめてみます。
 このぐらいわかってればだいたい楽しめます。たぶん。しらんけど。

 私の思うラグビーのルールは、わりとシンプル。

 なんとかして敵陣奥に進んでいく。
 投げても蹴ってもいい。ボールを。人を投げたり蹴ったりしたらダメ(そらそうだ)。

 ボールが最前線。
 倒れたらボール離す。

 これ。

 ボールより前でプレーしたらダメ。
 倒れているのにボールにかかわったらダメ。

 ボール持ってない人にタックルしたり、ボールでなく、ムカつくしどついたろって選手を狙ったり、ふつうにあかんわな、みたいのもダメ。サッカーでも同じですよね。
 あと、最近、高い姿勢からのタックルも、危険なタックルとして厳しく反則を取られるようになったそうです。頭や顔らへんに肩当たったら危ないもんね。フランスの主将が顎骨折してましたよね。聞くだけで痛い。

スローフォワード

 持ってるボールを、自分より前にいる味方選手に放ったらダメ。
 だから、ボールを先頭に、斜め後ろに向かって並んでいるんです。
 ワールドカップともなると、事故的なものはあっても、あんまり見ないかもですね。

 前に蹴るのはいいけど、味方は蹴った後ろからダッシュして取りに行かなきゃです。

ノックオン

 受け取ろうとしてボールを前に落としたらダメ。よく発生します。反則というか、失敗ってかんじですかねぇ。ほぼ、「ノッコン」と聞こえます。
 走りながら斜め後ろにパスして受け取る側は走りながら受け取るし、ぼえーんと高く上がったボールを取るのも、一人だったらともかく相手も取りに来ますし、ああいうなんともいえん形のボールですから、しっかり取るの難しそうです。

オフサイド

 わらわらなっているときに後ろ(味方陣側)からでなく、前(敵陣側)からボールに関わりに行ってしまうとダメ。みたいなかんじ。

ノットリリースザボール

 倒れたらボールを離さなきゃなんだけど、離さ(離せ)なかったとき、ピピー。

 

 だいたいこのぐらいで、あとは試合に身を任せていればわかってきます。ボールをフィールド外に出しちゃったら、基本的には相手のボールになりますが、反則があってキックしたときはもっかい自分側のボールになったり、ちょっとサッカーと違うところもありますが、そのへんはおいおいです。

 あ、そうだ、得点。

■どうやったら点が入るの?

トライ(5点)

 敵陣のポールが立っているとこのラインの向こう(インゴールエリア)にボールを置くと5点。走ってってラインを超えるだけではダメで、ボールを置かなきゃです。

 この、トライを取りに行く様がすごいんですよね。倒れても倒れても突っ込むのも、パスしてパスして走り抜けるのも、ちょっと蹴ってもっかい取って叩き込むのも、どれもすごいです。

コンバージョンキック(2点)

トライが決まったら、キックできます。トライした場所の延長線上からなので、真中付近でトライできるほうがハッピー。キックして、ポールの間を通すと2点。このときのキッカーのルーティンを見るのも楽しい。

ペナルティゴール(3点)

 反則されると、ゴールを狙えます。どの反則かはまだ覚えていない。重めのやつです。ショットを選択、とか言ってますね。

 あと、ドロップゴール(3点)というのもあります。日本チームでは、レメキくんが決めていました。一回その場に落としてから蹴って、ポールの間通すんですね。試合中にやで。すごいよね。

 ほか、ペナルティトライ(認定トライ)ってのもありますけど、頻繁ではないぽいです。

 まあ、私はこれとあとちょっとぐらいしかルールのことはわかってないです。正しい理解かも不明なので、きちんとしたところのを探してみてください。楽しむ上ではこのぐらいで十分だし、修正・追加していけば良いと思っています。
 テレビで見ていると、ルールのちょっとした説明が出てくるので助けになります。

 ちなみに、私の推しは、フルネームが大学の略称みたいで思わず二度見してしまい、ナイツの一方に似ていることで有名(?)な、流くんですた。

 それから、周囲にラグビーのこと聞いてみたとき、日本チームっていっても海外ルーツの人がたくさんって言う人もいました。だから良いとか悪いとか、とまでは言っていなかったけど、たしかに、どういう決まりになってんのかなってなってもおかしくないでしょう…。はっきり言って、やっぱり日本人は体が小さいし、ラグビーでは不利なんだろうなって見た目でわかる。ほかにアジアのチーム出てないしね(サッカーと違って、オーストラリアとかニュージーランドとかは「オセアニア」枠。強いから)。サッカーでは、アルゼンチン選手もそんなに大きくないって言われていたけど、ラグビー選手はやっぱりデカかったです。

 私自身は、どこから来た人でも、規定に沿っていて(まー、この規定が妥当かどうかは、みんなラグビーがよくなるように考えているんでしょう)、ご本人が日本代表チームで出ようと思っているんだったらそれでいいじゃんて思うわけですが、受け入れ側の組織は、「日本が強くなったらいい」だけでなくて、ちゃんと選手が気持ちよくプレーできるように、ラグビーって競技が「ええな」てなるように、フォローしないといけないとも思います。日本生まれ日本育ちの選手も含め、それぞれにそれぞれのバックグラウンドがあるから一括りでは言えないけども、どの選手にもいろいろ苦労や葛藤があるでしょう。しなくてもいい苦労は減ってほしいと思います。

ぜひ見てください『侍タイムスリッパー』

 先輩が、友達が映画監督やねん、できたらしいよ、とおっしゃるので、「ええ!」と思って見に行ってきました。

www.youtube.com

 つまり、私はおじいおばあ子で時代劇はそれなりに見た(一推しは杉さま)、という素地(?)はあれど、この映画に関する予備知識はゼロでした。

■前置き

 本当に申し訳ないのですが、私、邦画ってほとんど見ないし(つまらないという思い込みがあるのはたしかですけど、自分の生活からなるべく遠いほうが好きなんです。まあ、普遍的な問題を扱う作品は、日常とは遠くても近くに感じますが、それはそれで良いというかとても良いです)、それに、今、時代劇って本当に大変ですよね。まず、時代劇っぽい顔の人が(脇にしか)キャスティングされないじゃないですか。感覚現代人だったり、セリフ回しが現代語だったり。それもいいんですけど、とにかく今の時代、時代劇はいろいろ難しいんだろうなぁ……と思って、あんまり期待していなかったんです。

 ところが(本当にごめんなさい)。
 面白かったです!!!

 まず、主役の役者さん(山口馬木也さん)のたたずまいがすごく「時代劇」なんです。この言い方は書いていてちょっとおかしいかんじがしたのですが、というのは、主人公は幕末からタイムスリップしてくる武士なんですね。なので、侍らしい、というのが本当なのですけども。しかし、この映画は「映画(特には時代劇)を撮る」ことについての映画でありますから、そんなにおかしくはないか。

 とにかく、この顔の、この立ち方の人が出てくる、というのがもうすごい真実らしいと思いました。なんかすごい綺麗な顔の下級武士とか出てきて舌足らずに喋ってたら、その人見に来たならともかく、ちょっと変やなって思うじゃないですか。「拙者」とかこれまでの人生でたぶん言ったことなかったよね、みたいな。いいけどね。

 あのね、ぶっさいくという意味ではなくて、すごい整ったお顔立ちなんですよ。でも、武士っぽいんです。しかも、会津藩の武士。ああああそうねぇ薩長じゃないよねぇみたいなね。時代劇って、殺陣がまず思い浮かびますけど、それより前にたたずまい自体にそういう説得力いると思うんですよね。もちろん、「そういう時代劇の場合」であって、「時代劇風の何かです」なら、別にそうでなくてもいいのですけども。でも、このお話は、私が小さいときに見ていた時代劇の数々がカギでもあるので、せめてそちらに寄せられていなかったら、「ふーん」てなったと思うんですよね。

 武士は歩き方も違ってたって言いますよね。がに股すり足で、いつも刀を提げているから左側のほうが重かったとかって。あの服装ですから、そら走り方も違いますよね。こういうところが嘘っぽいと、そういう時代劇じゃないですか。それはそれでいいんですけども、現代にあらわれた侍、という説得力としては落ちちゃいますよね。この立ち居振る舞いって、舞台挨拶のお手紙で、教えてもらわないとできないこと、っておっしゃっていたので、役者さんががんばって身につけられたことなんでしょう。

 あと、「本物の侍らしさ」とは別に「時代劇らしさ」というのもあると思うんです。古めかしい言葉は言い慣れなくて難しいというのもあるでしょうが、声の出し方?とかもちょっと違う感じじゃないですか? 「う、上様!」みたいなセリフひとつとっても、「みんなわかっとるわ」みたいな白々しいのを腹から大真面目に言うわけで。そこにカタルシスがあるわけで。

 たたずまいはもしかしたらコントロールできるかもしれないけど、顔立ちとか雰囲気って、これー、邦キチで『シン・仮面ライダー』の話してたとき、ライダー役が昭和顔って出てきてたんですけど、そのキャスティングをしたってことがそれ自体すごい語ってますやんね。

 ここまで前置き。長いね。

 ここで舞台挨拶のお写真を。

■ストーリーとか

 幕末の会津藩の武士が、現代の京都の撮影所にタイムスリップしてきて、切られ役になろうとするお話です。でも、本物の武士なんでね。現代人とのやりとりが楽しく続くかと思いきや、役者として切られ役を務めていくなか、意外な出来事が起こります。

 舞台挨拶を聞いていてなるほどと思ったのですが、現代人が過去にタイムスリップするお話はよくあるけれど、逆ってたしかにあんまり見ないかも。これ、タイムスリップしてきた人が現代を理解する過程に説得力をもたせるのが難しいというか時間がかかるからではないかなと思いました。

 現代人が過去に行ったとき、「ここはこういう時代だな」というのがすぐにわかっても不思議はないですよね。そういう時代があったって知っているので。なにより、「タイムスリップ」という概念がありますから、実際に起こったら絶対受け止められないにせよ、まあ、お話の中で登場人物がすぐ納得してもそれほどおかしくはないし、そこでもたもたされてもなぁという気もしますし。そして、現代人だから有利な立場になる、というのも理解しやすい。

 逆で今すぐ思いつくのは『パリピ孔明』(ほんのちょっとだけ読んだ)ですが、これは「孔明」とはどういう人かってもう見た瞬間わかるレベルのキャラですよね。三国志を読んだことがなくても、めっちゃ賢い人、ぐらいはなんとなくわかるので、孔明ならなんか時代跳んだとしてもわかるやろって。

 でも、今回タイムスリップしてくるのは、いわば普通のお侍さんです。しかも会津藩の人ということで、佐幕派なんですよね……。これがまたいいんですけども。ともかく、普通の人(剣の達人ではあれ)なので、普通に失敗したり驚いたりしながら現代社会に入っていきます。これが、リアルすぎずテキトーすぎず、いいかんじだなと思いました。そしてそして、現代では切り合いはないので、普通の生活では剣の腕とか特に役に立たない!笑 それで、チャンバラスターになるんかなと思うじゃないですか。でも、切られ役になるんですよ。ね。

 ストーリーはわりとゆっくり丁寧めで、ひとつひとつのシーンがなんかほっこりします。住職さん夫婦とのやりとり(初めてケーキを食べ、テレビを見るところ)、切られ役の師匠がサービスでいっぱい斬られてくれたり笑 しかしながら、クライマックスのシーンはすごく迫力がありました。見つめ合っている(語弊がある言い方)シーン、あの長さで間が持つってすごいし。あの、これは時代劇、チャンバラ好きならぜひ見ていただきたいです。あんまり見たことない方も見てほしいです。ほんとね、あれ、ええええって思いましたね。やっちゃったよーーーって。

 いろいろ良いのですけど、やっぱり主人公の朴訥さ、真摯さには本当に好感が持てました。また、もうひとりキーパーソンになる侍がいまして、この方が主人公の後ろでそっと微笑んでいるのとか、ものすごい良いんですよお。

 あと、私、全体的にはよさげな感じとかかっこいい感じなのに、何故かぶち壊すようにゲロ吐く映画って基本根性ある映画だと思うんですよね。そういう汚い情けないものも撮っちゃうっての。私自身はゲロのシーンは映画によらず一つ残らず嫌いで不愉快なんですけども(嫌いなんかい)。

 ストーリー内で、時代劇の苦境が語られていて、それは登場人物の侍たちにとっては「侍」として生きた自分やほかの人々、その時代が忘れられていくこととも重なっている。安易な解決や希望とかはないけれども、「今日ではない」ということ、であり、今日にはしない、という決意でもあり、と受け取りました。

 こがけんが言ってたけど、このセリフ、私もトップガン・マーヴェリックを思い出しましたが、これよりだいぶ早くから監督は(ほかの作品で、とおっしゃってたと思いますが)すでに書いて使っておられたそうです。こがけんさん、パクったなんて言ってないですやん、てええ人やった笑

 舞台挨拶も、本当に苦労されて、がんばって作られたんだなぁというのが伝わってきました。お金持ちとかなんとかじゃなくて、作りたいものを作る、というようなことを監督はおっしゃっていました。本当にそれができるってすごいです。

 まあ、ポスターの文字を読めるもんかなとか、もう一人のほうはどうやって生活してきたんかなとか、若干唇ズレてないかなとか、藩のその重大事を知るのほんとにそのタイミングかな、とかそういうことがちょっと頭をしゅっと掠めたりしたこともありましたけれども、些末なことです。

 面白いですし、えらそうに恐縮ですが、本当に誠実な作品だと思いました。
 皆さん、見たいと叫んでください。

 ところで、劇中、ゆうこ殿(メガネ女子かわいい)が、友達がセーラームーンが好きななか、自分は暴れん坊将軍の下敷きを持っていた、というようなことをおっしゃるのですが、暴れん坊将軍の下敷きって存在するの?! ほしい!

ねこじゃねこじゃ「もしも猫展」に行ってきた

 京都文化博物館(ぶんぱく)の「もしも猫展」に行ってきました。
 平日の昼下がりで、ガラ空きというわけでもありませんでしたが、そんなに混んでなく、ゆっくり見られました。外国の方もちらほら。ショップの店員さん英語ペラペラだった。

www.bunpaku.or.jp

 4階から3階へ降りていくいつものスタイル。

 か、かわええ……

intojapanwaraku.com

(これ↑は和楽のページ。真ん中の猫!)

 基本的には猫作品ですが、広く捉えた「擬人化」作品(逆に擬猫化もあったり)を堪能できました。
 実のところ、テーマはあんまり見ておらず、国芳作品がお目当てでした。国芳と聞いたら行きたくなる。行ってみたらそういうテーマで、若干強引かなという思いもなきにしもあらず、しかしそれも含め面白かったです。

 一部除き写真OK。
 しかし、撮らんかった。撮っても使い方がわからんのよね! どうせきれいに撮れないし。

 猫ばかりでなく、海の生き物の擬人化や、歌舞伎役者を猫にして描いもの、そして大好きな落書き(「荷宝蔵壁のむだ書」。和楽ページの落書き猫です)もあったり、芳年やちょっとだけ暁斎もあったり、明治の絵もあったりで楽しかったです。広重の、遊郭の窓から外を見ている猫も良かったですね。
 猫の雪だるま「初雪の戯遊」の絵がとても気に入りました。

 おこまちゃん(猫)の草紙なんてのもありました。私はまったく知らなかったですが、猫好きさんの間では有名な本みたい。山東京伝歌川国芳ってすごくないですか……。

おこまの大冒険〜朧月猫の草紙〜

 まあ、こんな言い方もアレですけども、めっちゃ絵うまいよね。

 オリジナルグッズは、Tシャツや風呂敷、手ぬぐいなど布のものが充実していたような。紙のもの、マスキングテープ、マグネット、グラス、豆皿、アクセサリーなどもありました。絵葉書がちょっと少なかったかな……。

 私は落書き猫の手ぬぐいを買いました。
 こいつ、ニャロメにちょっと似てて笑けるんだよね。
 (時系列的にはニャロメがこの猫に似てるんだけども)

 11月12日まで。