みそかす日記

映画とか本とか美術館とか飲み屋とか。日々のけだるげな記録

映画 シェイプ・オブ・ウォーター

■雑な紹介

イライザと半魚人の恋路をマッチョのおっさんが邪魔する話。
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンスマイケル・シャノンリチャード・ジェンキンスダグ・ジョーンズ
サイト:http://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/
2017年度アカデミー賞 作品賞・監督賞・作曲賞・美術賞

 パンフレットもゲットしました。

■感想

私は好きです。

アカデミー賞を取った割には、お客さんは入っていないようにも思いましたが、そもそも万人受けする作品ではない気がします。
映画が終わったとき、「怖かった」とか「泣けなかった」という女性たちの声が聞こえてきました。

うん、怖いと思う。
デル・トロさんの映画を何本か見ているから、怖さも痛さもマシなほうだとわかりますが、『美女と野獣』みたいなロマンチック・ラブ・ストーリーなんて思って見に行ったら、それはがっかりすると思います、はい。
いや、すごいロマンチックなラブストーリーではあるんですけど、エログロはあるし(まさか半魚人と結ばれるシーンがあるとは思わなかった笑)、なんせやっぱりモンスターなんで。

どこかで、子どもから大人まで楽しめる……なんてアオリを読みましたけど、やっぱりどう考えても大人向けだと思う。子どもが見たらトラウマになるんじゃないか……?

あと、泣かせようとしている映画ではないです。お涙頂戴的な「はい、ここ!」というふうに泣かせる場面はないです。(私はしっかり泣きましたけどね。ただ涙腺が緩いだけという気もする)
どのシーンが心に響くかは人それぞれだと思います。
私は、イライザがジャイルズに向かって激しく意思を伝えるところがぐっときました。
イライザは喋れないので手話を使います。イライザ役のサリー・ホーキンスは60年代の手話を覚えたそうです。


■ストーリーは超シンプル

ホラーとかサスペンス的な空気もありますが、やっぱりラブストーリー(恋愛を中心に、もう少しいろいろ含んだラブですね)。

おとぎ話のようなフレームに入っていて、なんかちょっとあれ?というようなところ(セキュリティさすがにユルすぎるのでは…とか)も、別にいいような気がしてくる。そこは語らなくても良いという判断だったのでしょう。
また、恋に落ちる過程などははっきり描かれていませんが、イライザは「彼」を見て、ちっとも怖がらず、興味を持っています。もっとあとの場面でジャイルズが「彼」のことを「美しい」と表現しています。彼らはあの存在を美しいと思う側の人々なんですね。

おとぎ話の男女は少しずつ近づいたりはしないですよね。
だいたいは美男美女だから、お互い一目惚れでもなんとなく説得力があるようなかんじで「そんなもんかな」と思いますが、今回は美男美女ではないけれど起きたことは同じなのでしょう。
そもそも、恋に落ちるって説明できないことだし。
でも、イライザが恋をしているんだ、というのは本当に優しく丁寧に描いてあります。

恋ってステキ!って。


■「彼」はイケメンなのか

「彼」は、やっぱり「美男」の枠からは大きく外れていますし(人間じゃないし)、どういう存在なのか結局よくわからない。監督が語っているとおりですが、ヒロインがキスをしたら「美男」に変わるってこともありません。(ちょっと反れますが、「彼」がキスをしたらイライザがトラウマを克服して喋れるようになったり、もしない。必要ないのね)
どんどんイケメンに見えてくる、なんて感想もありましたけど、私はそんなことはなかったなぁ笑。最初の、目(まばたき?)がすごかった。エラが逆立つところとか。きっと、すごいぬめぬめしてるんだと思う。ジャイルズが手を拭いてたから笑
でも、最後、雨の中ですっと立ち上がって、ただ立っている姿がとても綺麗だった。あの、背中から首にかけてのラインが。

演じているダグ・ジョーンズさんによると、めっちゃ動くの厳しいスーツなんだそうです(パンフレットより)。


■マイノリティの描写

ものすごい露骨というわけでもないんですよ。ポリコレポリコレって言うけれど。
あ、そうか、気づいたらそこにいたんだろうな、というような。
でも、本人たちはものすごい差別を受けている。

お掃除係の女性に対するストリックランドの態度というのがもう高圧的で、あからさまに見下している。
ゼルダのことをわざわざデリラと呼んだり、神様の姿は(黒人のゼルダより)自分に似ていると言ったり、イライザにはセクハラするし、美人の奥さんとのベッドシーンも怖いし!
ストリックランドは、ものすごい怖い嫌なおっさんで、『パンズ・ラビリンス』の義父と同じ役割ですね。
残酷で暴力的で差別的で親戚にも親戚外にもいてほしくない人ですが、自分も、より上の権力からいつ疎外されるのではないかと恐怖を抱いている。

トイレの前と後のどちらで手を洗うかで男の価値なんて決まらないって!
「成功した人にふさわしい車です」なんておだてられてティール色の新車を買ったり(後に大破)、「あるべき男」論がなんかかわいそうな感じもしてくるほどではありました。嫌な奴だけどね。

ジャイルズが片思いするカフェの店員(たしかにパイはものすごく不味そう)は、ジャイルズの行動や黒人のお客に対してとてもひどいことを言う。
でも、当時はそれが「普通」だったんですよね。

ジャイルズは、ものすごくはっきりとゲイだってテンプレ的に描かれているわけではないです。いや、ある場面でゲイだってわかるんですけど、そこまではそれを明確に示すものはほとんどない(まぁ、カフェについてのイライザとの会話や、冷蔵庫がパイだらけの理由を考えればわかりますが。英語で聞いている人にはもっとよくわかるのかな?)。
で、イケメン店員に「うちは健全な店だからもう来るな」と言われて、二重にがっかりして家に帰ってくる。
この生きづらさ。

あと、ソヴィエト連邦ね!
博士の名前覚えにくいよ。ボブね。本名はディミトリ。
この人はこの人で「彼」に恋していて、好きすぎて人殺しちゃうからね。けっこうヤバい人ですよね。
アメリカとソ連は冷戦中で、宇宙開発で競い合っているわけです。無酸素の環境でも生きられるらしい「彼」の秘密を手に入れたいわけですね。(このへんはちょっとわかりにくかった……かな)

もとい、こういう「時代」を、1960年代のアメリカをまったく知らない私にも、ほぼ言葉の説明無しでわからせてくれるのがまぁえらいと思うわけです。

で、今ではもう想像もつかないなぁ…と思うかというとそうではなくて、今もそうなんだよなと暗い気持ちになる。


アカデミー賞を取ったこと

とても綺麗な映画ですばらしいと思いますが、これ本当によくアカデミー賞取ったなと思う。
だって、デル・トロ監督が好きなものだらけで、ふつうに考えたら到底万人受けする設定でも絵面でもない。ストーリーはシンプルとはいえ、よく見ていないと気づかないようなところがたくさんあるみたいだし(←あとでレビュー等読んでいると、いろいろ見逃したことが判明した)、なかなかマニアックな作品だと思うんですけど。でも、見ている人を置いていったりはしないですね。
この監督は、自分の作りたいものがはっきりあるけれど、一方でお金がない(売れない)と次の作品が作れない、ということもよく知っているんだろうと思います。

「彼」が卵をしゃって取っていくところ、イライザが指のサインで「くたばれ」と言うところ、新車のキャデラックが大破してなんともいえないストリックランドの表情。ジャイルズが冷蔵庫を開けたらパイだらけのシーン、髪の毛が生えたって喜んでいるところ、それぞれ愛しい。ゼルダが「一見ついてなくても男は油断がならない」と言うあたりの一連の会話も大好き(笑)
ラストシーンの、靴が脱げるところとか。……最高。もういらないもんね。
そういえば、パシフィック・リムでも赤い靴が出てきたけど。

なんかこういう、この監督が撮りたいものって一貫性があるみたいで、色に意味をもたせるのもかなり意識的に行っているみたいです。こういうのを見つけるのも楽しいですね。


二人のラブストーリーとしてはハッピーエンドなんだと思うけれど、『パンズ・ラビリンス』でもそうでしたが、この世では成就しないんですよね。この世では成就し得ないぐらい、完璧な世界なんだと思う。
それはきっととても美しいことなのですが、ちょっと切なくもなってしまうのが凡人の性なんですかね。

でも、なんていうか、とてもきれいな作品ですよ。

ぜひ見てほしいけど、すすめるのが怖い。すすめて「これ無理」とか言われたら、その人と今後仲良くできるかどうかちょっと自信ない。